☆みらいばなしの絵本

むかしばなしの夜

むかしむかし、あるところに――

夜の寝室、柔らかなランプの光。
私の声に合わせて、こどもの目がキラキラと輝く。

鬼を退治して、お宝をもらって、
最後は決まって「めでたし めでたし」

絵本を閉じると、こどもはほっとしたように、
私の腕の中に小さな身体を寄せてくる。
「今日もいい夢が見られそうだね」
そうつぶやくと、
かすかな寝息がゆっくりと部屋に広がった。

ランプを消すと、部屋は月明かりだけの世界になる。
静かな暗闇の中、
こどもの寝顔を見つめながら、
私の心だけがどこか遠くを歩きはじめた。

——そういえば、最近の私は
話すことと言えば昔のことばかりだ。
あの頃は楽しかった、
もっとこうしていればよかった——
まだ終わっていない人生の話なのに、
気づけば「昔話」を選んでいる。

こどもが夢の世界へ旅立った寝室で、
私だけが目を開けたまま、
そっとその事実に気づく。

昔話を語る大人たち

暗い寝室に横たわりながら、
今日の職場で耳にした会話が頭をよぎる。

「俺があの頃やった仕事はさ――」
武勇伝を楽しそうに語る上司の声。

「昔はもっと大変だったんだからな」
苦労を誇る先輩の声。

「学生に戻りたいなー」
昔を懐かしむ同僚の声。

気づけば、集まった人たちの話題は
未来よりも過去に向かっている。

そして私も、
つい、「あの頃は楽しかった」と
同じ言葉をこぼしていた。

まだ終わっていない人生を
「昔」という箱に入れて語る――
そんな時間が、
大人の日常の一部になっている現実を
私はただ、静かに受け止めた。

未来を思い出す瞬間

それでも——
こどもを育てるようになってから、
私は少しずつ変わりはじめている。

小さな背中を見つめていると、
これから先の時間のほうが
ずっと長く広がっていることを
体で感じるようになった。

この子はどんな夢を見て、
どんな世界を歩いていくのだろう。
家族はこれからどんな毎日を
積み重ねていけるのだろう。

未来を思うたび、
胸の奥にやわらかな光が灯る。

過去を語っていた時間と同じくらい、
これからのことを話したい。
まだ白紙の物語を、
一緒に描いてみたい――

こどもの寝息に耳を澄ませながら、
そんな想いがそっと
心の奥で芽吹いていくのを感じた。

みらいばなし

次の夜。
昨日と同じ寝室、
同じランプの灯り。

布団にくるまったこどもが
「今日のお話しはなに?」と
いつものように目を輝かせている。

絵本を開こうとして、
私はふと手を止めた。

「ねえ、今日は、
 むかしばなしじゃなくて……」
言葉を探して、少し笑う。
「そうだ、『みらいばなし』にしてみない?」

こどもがぱちりと瞬きをして、
「みらいばなし?」と首をかしげる。

「うん。ママがこれからやってみたいこととか、
 これからの家族のことを
 お話しにしてみるの」

私はゆっくり言葉をつむぐ。

「ママね、いつか小さな本屋さんを開いてみたいんだ。
 絵本がいっぱいあって、
 こども達が好きなだけ本を選べる場所。
 お店の窓からは海が見えて、
 その横には家族みんなで座れるベンチがあるの」

話しているうちに、
まだ形のない未来が
目の前にふわっと広がっていく。

こどもの顔が一気にほころぶ。
「いいね!ママのみらいばなし、もっとききたい!」

少し間をおいて、こどもが目を輝かせたまま言った。
「じゃあわたしは……ママのお店でかわいいお菓子を作って、
 みんなで食べたい!」

「それ、すてきだね!」
私も思わず笑顔になる。

昨日までと同じ寝室なのに、
ページをめくらなくても
新しい物語が二人で始まる音がした。

終わらない物語

みらいばなしを語り合った夜。
こどもの寝息が少しずつ深くなっていく。
私はその小さな手を握ったまま、
心の奥が温かさで満たされていくのを感じていた。

——未来の話って、
こんなにも胸があったかくなるんだ。

むかしむかしで始まらない、
これからを描く物語。

この子と一緒に語った夢が、
いつか本当に現実になったらいい。
海の見える小さな本屋さん、
そこでこどもが作ったかわいいお菓子を
みんなで食べながら笑っている――

机の上には、一冊の絵本。
表紙には色とりどりの未来が描かれ、
タイトルにはこう書かれている。

「みらいばなしの絵本」

その絵本を開けば、
今日語り合った物語が
きっと一ページずつ
やわらかい光を放ちながら綴られている。

まだ白紙のページもたくさんある。
これからの日々を、
私とこの子が一緒に描いていくために――。

——そしていつか遠い未来、
この「みらいばなし」が
私たちの昔話に変わる日が来たなら、
最後の一文には、きっとこう綴られている。

めでたし めでたし。

  • この記事を書いた人

Robü

子育ては、笑顔の奥に、いくつもの涙を隠した旅。
こどものために頑張りすぎて、自分の心を置き去りにしてしまう日もある。

ここは、そんな想いが小さな『Trace(記憶の欠片)』として静かに息づく場所。
ひとつのTraceは、ひとつの物語。
どれもが不完全で、どれもが愛しい。

その光がいつか繋がるとき、やわらかな香りとぬくもりに包まれる、『とある場所』へと続いていく。

どうか今日も、子育てを頑張るあなたの優しさが、静かに報われますように。